安克昌「心の傷を癒すということ」
阪神淡路大震災が随分と遠くなった。
当時関西に住んでいた私は毎日のようにテレビで被災した神戸の町をテレビで見ていた。
当時学校に神戸で被災した子が私の学校に転校してきたことをなんとなく思い出す。
本書を読み、ブログに記している今、当時のことがなんとなく頭によぎる。

転校生を見たあの時、私はどこか他人事だった。その子がどのような心的外傷を負ったのか、推し量ることが出来なかった。そんなかつての私を恥ずかしく思う。


この国は静かに耐えることを、心の傷をさらけ出すことに対して白い目を向けている。
それはとても閉鎖的で冷たい世界だ。
互いの心の傷を悲しみを表現し、外に出すことな癒しの道標となるのではないか。他者がそんな姿を見ることによって救いとなり、健やかに過ごせる世界となる。

心の傷を懸命に癒し回復する人々に経緯をもって共に生きていく社会を構成し続けることが、優しく、生きやすい世界ではないか。

私もその世界を作りたい。
何故なら私は心的外傷に満ちている世界に生きているからだ。