※本記事は、OSIRO社のコミュニティ献本企画に参加し、献本を受けて執筆しました。

本書との出会い


僕は普段心理学や哲学の本を読むことが多く、文学の本はあまり読まない。
その理由をこれまで深く考えてこなかったが、献本企画でこの本のタイトルを見た時、

・心理学、哲学の本=実践的で役に立つから読む
・文学の本=何の役に立つか分からないから読まない


という図式が無意識に頭の中で構築されているのではないか?と直感した。
その直感を深掘りし、文学は本当に役に立たないのかを考察するために、本書を手に取った。

この本の冒頭でも論じられているが、僕たちが生きるこの社会は資本主義に支配されており、コスト管理とリスク管理の傾向が日に日に強まってきている。
僕が好んで触れる心理学や哲学は、あらためて考えてみると、こうした社会の流れに乗り切れず生きづらさを感じる自己の内面を理解し、「正気を保つ」ことに役立っている。
本書の中で著者は、文学もまたこの社会で「正気を保つ」ことに役立つと語っているが、これは一体どういうことなのだろうか?
心理学・哲学と文学がそれぞれに持つ特徴の対比を通して、自分なりに考察してみた。

1.文脈の「余白」

文学の持つ大きな特徴の一つが、文脈の「余白」ではないかと感じる。
心理学や哲学含め、他の多くの学問は体系化されていて、言説の違いはあれど、

「Aという事象が起きるのはBという理由からだ」
「Cという概念はDのように捉えることができる」

という明確なゴール設定がある。
近代社会に完全に浸透したSNSやAIが発信する情報も、学問ではないにせよ、そこにアクセスする人間にある種のゴールを与えるという意味では似ているように感じる。
だが、こうした情報源からインスタントに与えられたゴールで構成された特性は本当に「自分」と呼べるのだろうか?
他者が体系化し発信した情報を吸収しているだけなら、内面化しているのは「自分」ではなく「多くの他者の集合体」なのではないか?という気もしてくる。
(それでも無数にあふれる他者発信の情報から独自の組み合わせで選んで構築された特性は「自分」と呼べるのかもしれないが…)

一方で、文学はどうだろうか?
そこに明確なゴールは無く、触れた人間が自らの力でその「余白」を埋める必要がある。
誰の力も借りずに、曖昧な文脈を時間をかけて読み解き、自らでゴールを導き出す。
その結果構成されるのは、まぎれもない「自分」なのだろう。

近代社会は、他者発信の体系化された情報を掃いて捨てるほど絶え間なく与えてくるが、文学の「余白」を埋めて構成された「自分」が、その情報の渦から主体を守ってくれる。
そういった意味で、確かに文学は「正気を保つ」ことに役立つのではないかと思う。

2.現実社会の人間が持つ「生臭さ」

もう一つの文学の特徴は、現実社会の人間が持つ「生臭さ」を、理想化することなく表現し得る点ではないかと感じる。

多くの学問や巷に溢れる様々な情報は、それを理解し実践することで「理想的な人間」を創り上げることを暗黙の前提としているように思う。

だが、文学に関してはそうではないのではないか?
「理想的な人間」は態度に一貫性(軸)があるのかもしれないが、現実社会の人間は相手によって態度が変わり、同じ相手でも状況や環境が変われば態度も容易に変わる。
社会一般に浸透しているいわゆる「普通」が理解できない場合もあるし、矛盾だらけだ。

著者も本書の中で「分人」という概念を紹介している。
「分人」というのは、一人の人間の中には分割可能ないくつかのパーソナリティがあるという考え方で、これを意識して作中で対人関係ごとに異なるパーソナリティを描き分けることで、読者はリアリティのある、統一感のある人格をそこから汲み取ってくれるという(逆に一貫性のある登場人物を描こうとすると、どこか人工的で浅薄な印象を与えてしまうそうだ)。

よくよく考えると、僕たちが感情移入し共感を抱くのは、理想化されていない不完全な人間の「生臭さ」に触れた時であるような気がする。
それはなぜか。
きっと、社会的無意識が押し付けてくる「理想的な人間」と、そこに染まり切れない現実の自己とのギャップから生じる生きづらさに、「あなただけじゃないよ」とそっと寄り添ってくれているような安心感を抱くからなのかもしれない。

文学は、描き出す人間の「生臭さ」を通して、読者に共感と安心感を喚起することで、「正気を保つ」手助けをしてくれるのではないかと思う。


まとめ

以上、本書の中で著者が述べている「文学は正気を保つために役立つ」という点について、自分なりにまとめてみた。

何だか脈絡の無い構成・考察になってしまった気もしなくはないが、文学的な視点で捉えれば、こうした脈絡の無さもきっと肯定に値するのだろう。
そういった意味で、文学はあらゆる学問の中で最も寛容な学問の一つなのかもしれない。
自分なりに文学の役に立つ側面を見出せたことで、これから文学に触れる機会も増えていくのではないかと思う。

最後になりましたが、今回のような貴重なインプット・アウトプットの場を設けてくださったすべての関係者の皆様に感謝を申し上げ、筆を置かせていただきます。


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